Q:“なまず”による町おこし
質問
吉川市は、どうして “なまず” で町興しをしているのですか?
回答
稲作をはじめとする農業が盛んだった吉川には、昔から川の水を引き込んだ用水路や小川が各所に流れています。そうした水場は、さまざまな生物の住みかとなり、中でも “なまず” は、いたるところでその姿を見ることができたそうです。
昔の子どもたちにとって、なまず捕りは娯楽であり、家に持って帰れば食材として歓迎されるという一石二鳥の “遊び相手” でした。しかし、その “なまず” も、まちが都市化していった昭和40年代頃から急激に少なくなっていきました。
そのような中、古くからこの地で親しまれてきた “なまず” を吉川のシンボルにしてまちづくりを進めていこうという気運が高まり、商工会が中心となって、市内の業者が “なまず” をモチーフにしたまんじゅう、せんべい、サブレー、ぬいぐるみ、キーホルダーなどのグッズや、地元産の酒米を使った純米酒 「なまず御前」 を開発。平成7年には吉川駅前に日本一大きな金色の 「なまずモニュメント」 も完成しました。
また、平成8年には、吉川受託協会が “なまず” の養殖に成功。地下水で育てた良質の吉川産なまずを出荷できるようになりました。
さらに、市民や市、商工会などの努力が実り、平成12年に埼玉新聞社が募集した 「21世紀に残したい・埼玉ふるさと自慢の百選」 では、 「吉川市のなまず料理」 が13,000票を超える票を獲得して埼玉県のナンバーワンに輝きました。
現在も吉川市では、なまずの絵を水道の仕切弁の蓋などに使用するなど積極的に活用し、まち興しを進めているところです。
登録日: 2008年10月1日 / 更新日: 2010年2月17日




