鬼は外!福は内!でいいの?~節分の豆まき~

2月に入りました。大寒も過ぎ、少しずつ寒さもゆるくなることと思います。
今年は2月2日が節分に当たり、翌3日が立春です。
節分には豆まきをする家庭も多いと思いますが、そのときに、何と言って豆をまきますか。豆まき
一般的には「鬼は外、福は内」ではないでしょうか。
でも、本当に「鬼は外、福は内」でよいのでしょうか。
各家庭から追い出された鬼たちは徒党を組んで、復讐(ふくしゅう)に来ないのでしょうか。
そもそも、追い出さずに、仲良くは出来ないものなのでしょうか。
また、「鬼」とはいったい誰のことを言っているのでしょうか。

未開の地に住む抵抗勢力

今回は「鬼」について、少し深掘りしたいと思います。
皆さん、鬼はご存じですか。「テレビや絵本で見たよ」という方もいらっしゃるかもしれませんが、まさしくその鬼です。
英語では「demon」といいます。
「鬼なんかこの世にいるものか」とお考えの方も中にはいらっしゃるかもしれませんが、実はいるのです。
そもそも、鬼とはどんなものを言うのでしょうか。
「鬼」の顔をした動物はいないので、おそらく鬼は人と考えられます。
ではどんな人を鬼というのでしょうか。
「この鬼!」なんて言ったりもしますが、その場合、人情をわきまえない冷酷・無慈悲な人を指している場合があります。鬼

鬼には、鬼たる条件がいくつかあります。
(1)鬼ヶ城に住んでいる。(2)角があって赤や青い顔をしている。(3)人間に歯向かってくる。
(4)金棒を持っている。(5)毛糸のパンツをはいている。
まず、一つ目の鬼ケ城ですが、おそらくは都から遠い山の中、地の果て、絶海の孤島を指しています。
昔、都がまだ奈良や京都にあったころの話です。
九州の南(鹿児島や熊本)には隼人(はやと)、熊襲(くまそ)などという民族が住んでいました。
中央集権国家をもくろむ政府としては、これらの人々にも「年貢」を払わせたいと思うのは当然のことです。
しかし、当時は政府の権力は九州の南までは及んでおらず、「年貢」を払うどころか、使いの役人をおっぱらったり、
傷付けたりしたことでしょう。すなわち抵抗する集団です。
しかも、辺ぴなところに住んでいて、どんな人たちなのかもはっきりしない。
見慣れない武器まで持っていたら、先ほどの鬼の定義にぴったり一致します。
当時のことですから本当に鬼柄のパンツをはいていたかもしれません。
ここに、都の人にとっては「未開の地に住む抵抗勢力」としての鬼が生まれることになります。
しかし、「鬼」にしてみれば、先祖伝来の土地で平和に暮らしていただけのことです。
鬼呼ばわりされる理由は何もありません。中央の権力者に「鬼」だとされたのです。

鬼の専門家の話

鬼に関しては諸説があり、今一つはっきりしません。
そこで、節分も近づいた1月20日に「鬼の専門家」に電話をして、鬼についていろいろと教えてもらいました。鬼の博物館
鬼の専門家とは京都府福知山市にある「日本の鬼の交流博物館」の館長、佐藤秀樹さんです。

鬼の正体とは何ですか

いくつか説があって、「これ」だという確定的なことは言えません。大きく4つほど紹介します。

(1)古代日本に漂着した外国人、(2)山中で「鉄」を作っていた人たち
(3)疫病(えきびょう)、(4)政敵(中央政権に逆らった人たち)
(1)は日本の浜辺に流れ着いた外国人です。
言葉が通じない上、異なる文化や技術を持った人々を自分たちと一緒とは理解できなかったのではないでしょうか。
(2)は山の中で、人知れず鉄を作っている人達です。鉄が取れるところは大変な山の中です。
大きな不気味な音を立てて何か作っている人達を鬼に見立てたのです。鬼が持つと言う「金棒」のイメージもぴったりですね。
(3)は目には見えない伝染病です。
今は「新型コロナウイルス」が問題になっていますが、昔から「はしか」などの伝染病を理解できず、何が人々を苦しめているかわからず、不気味なものを「鬼」と見立てました。
(4)は奈良や京都から見たら、九州や東北などの中央政権国家の言うことを聞かない人たちのことです。
およそ都から離れた山の中の独立国のような土地に住んで、政府に反旗を翻す人を「鬼」呼んだわけです。
「鬼」とは、「都から遠く離れた所(鬼ケ城)に住んでいて、歯向かって来る集団」のイメージが時代の流れの中で作り上げられました。

なぜ、鬼には角が生えているのですか

諸説ありますが、例えば地獄にいる「牛頭」(ごず)あたりがイメージされた可能性があります。
牛頭とは地獄にいる牛の格好をした怪物の事です。
また、鬼は鬼門という「丑寅(うしとら)」の方向(北東)からやって来ると言われ、牛の角や、虎柄のふんどしが鬼に備わったのではないでしょうか。

福は内、鬼も内という掛け声を聞いたのですが

「福は内、鬼も内」と言いながら、豆をまく風習は全国各地にあります。
この福知山市の三輪町の大原神社では「鬼も内」と言っています。
これは江戸時代の藩主の名前が「九鬼氏」なので、「鬼も内」と言ったのだそうです。
群馬県藤岡市鬼石でも「福は内、鬼も内」というのだそうです。

節分でなぜ豆をまくのですか

これも諸説あって難しい問題ですが、ある本によると「五穀(ごこく)豊穣(ほうじょう)」を祈って豆をまくと言います。豆は五穀の一つです。豆の力で、悪霊を追い払い、豊作を祈願するのでしょうか。節分は中国から伝わった「追儺」(ついな)がそのもとと言われています。穀物には魔よけの力があると信じられて、中国で豆をまいて鬼を追い払う風習があったことに由来するという説もあります。

以上、鬼にまつわる話を紹介しました。
「鬼」というと男をイメージしがちですが、長野県の戸隠村には鬼女「もみじ」の話が伝わります。
鬼なので、悪さをするのでしょうか、平惟茂(たいらのこれもち)が退治すると言う話です。
また、栃木県には「安達ケ原の鬼婆」伝説が伝わります。不気味な物や不可解なことは「鬼」の仕業にしました。

おわりに

豆まきでは「鬼は外、福は内」と叫びます。「福は内」はいいけれど、鬼は家の外に追い出されてしまいます。出された鬼はどうなるのでしょう。
おそらくは徒党を組んで、人間に歯向かってくるでしょう。争いごとが起こります。これでいい訳はありません。
人間に人と鬼の区別はありません。全員「人」なのです。
桃太郎は「鬼退治」をしたヒーローですが、鬼側からすれば、理由はともあれ、住んでいたところを踏み荒らし、略奪までする「鬼みたいなやつ」です。
鬼を成敗する前に仲良くする道を探るべきではないかと思うのですが、みなさんはどう思いますか。

豆をまきながら、鬼ケ城まで追い詰められた鬼の事も考えてみてください。あくまでも鬼は人間が作り上げたイメージなのですから。