9月に入りました。夏の暑さは9月の声をきくと同時に弱まりそうですが
そう簡単にいくかどうかはわかりません。ただ、やがて秋風がふきだすことだけは確実です。
オリンピックやパラリンピックの喧騒が次第に遠のき、コロナウィルスの感染がひと段落したら
秋本来の心落ち着けるときが必ずやってきます。
そして、日々の日常が始まります。
実は、私たちにとってこの日常が大切なのです。
なぜなら、日々の生活にこそ「幸福」が隠れているからです。
日々の日常生活は得てして忙しすぎて、自分が幸せな環境にいることに気づきにくいですね。
普段健康な人が、病気になって初めて健康のありがたみがわかるのと一緒です。

幸せとは…

東日本大震災が起こったとき、人々は日々の暮らしを瞬時に奪い取られてしまいました。
そして、平凡に過ぎていった日々がいかに幸せだったかを思いました。
「幸せ」とは、個人によって異なりますが
たとえば、「やるべきことがあり」「意気軒昴(いきけんこう)であり」「満足感がある」ことではないでしょうか。
「意気軒昴」とは、意気込みがある、やる気があるということです。

詩の紹介

ここで「意気軒昴な詩」を紹介します。
阪田寛夫さんの「夕方のにおい」より「三年よ」という詩です。
これから四年生になろうという三年生の自分が、意気込みを「三年」に向かって語りかけます。

ついに三年はおわろうとしているブランコに乗った女の子
あとなん十日かのうんめいである
おい三年よ
いっしょに四年になりたいか
四年になったら六時間目があるぞ
あひる当番もきついぞ
今までみたいなちょうしでは
まあ、むりだな
三年よ
また二年から
ちびさんたちがあがってくるよ
ぼうしやカバンの二年の二の字に
一本棒を書きたして
三年なん組だれそれって、すましていうさ
ぼくらはこんどはそうはいかん
四と三とはだんぜちがう
だから、いまからかくごもかたい
そろそろいくぞ
なくなよ三年

新四年生になる覚悟をした「ぼく」のあっぱれな心意気
それにしても「四年」になるということはすごいことなんですね
二に棒を足して三年となるのとは違うのだ。
「そろそろいくぞ、なくなよ三年」という言葉に込められた固い決意に心を動かされます。

「明日は何をしますか。」「やる気に満ちていますか。」

やるべきことがあり、やる気があったら、きっと幸せな明日が待っています。