自然災害伝承碑「協同碑」(令和6年5月22日)
吉川市は「文化芸術によるまちづくり」を一つの理念に掲げており、
学芸員をはじめとする担当職員が、「文化財の保護と活用」に力を入れて取り組んでいます。
その一つが「協同碑」。
「協同碑」とは、
明治23年(1890)8月、大雨により各地域の堤防が崩れ、二郷半領(いまの吉川市、三郷市)は海のように冠水。
そのとき、旭村(現在の吉川市旭地区)と松伏領村(現在の松伏町)の人々が力を合わせて水害を防いだことを記して、
明治27年(1894)12月に建てた石碑です。
石碑には、「皆、力を尽くし、昼夜防禦すること十二日にして、ようやく水害から逃れることが出来た。
そして、このことを記して、子孫である人たちにも伝え、永くこの美事を語り継がせたい。」ということが記されています。
しかし、この石碑の存在は徐々に忘れ去られ、
昭和50年代に岡田さん(新聞記事参照)をはじめ関係者の皆さんの尽力により再整備されました。
しかししかし、そこからまた月日が流れ、県道わきの市の土地ではないところにあり、歩道も無い状況もあり、
現在ではその存在を知る人も少なくなっていました。
※再々整備前の様子↓
そこで、市では、「協同碑」の再々調査や周辺等の再々整備を実行。
この日は、前述の岡田さんの息子さんである利洋さんと整備が完成した「協同碑」へ。
この約10年で、4度の避難勧告等を発令している吉川市では、いつ水害が起こってもおかしくない状況にあり、
こうした過去を「自然災害伝承碑」により、多くの市民が知ることは、水害への準備の面でもとても重要です。
調査は「川とともに生きる」として冊子にまとめましたので、ぜひ多くの方々に読んでいただけたらと思います。
令和6年5月22日
吉川市長 中原恵人
登録日: 2024年5月20日 /
更新日: 2024年7月24日